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スティーブ・ジョブズ 追悼 iPodとNBAの現場

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(写真:ジョブズありがとう写真)


写真はほんの一部のアップル製品ですが、これ以外にも初期iPodやVideoiPod、はたまたジョブズ不在時代?のPowerMac 8500やPowerbook 2400などなど、ほんとうにお世話になりました。

 iPodはインタビュー機器としても活躍しました。マイクをつけて。
たぶんNBAジャーナリスト界では草分けだったと思います。選手や他のジャーナリストたちが
「何それ!iPodで録音できるの?」と興味津々。時代の最先端でしょうか?えへへ(笑)

 そしてロッカールームでは選手たちがiPodでヒップホップを大音量で聴くようになり、アップル花盛りでした。(というのも誰かがiPod用のBoseスピーカーを持参し、チーム一の音楽好きがiPodを挿して選曲)それはまるでルイヴィトンのバッグや、グッチの革靴を身につけるのが、男の美学でお金持ちのたしなみだぜよ。というのと同じ感覚もあったようです。
今はiPadがどれくらい持ち込まれているのかな?戦略をiPadに納めるチームもあるようで、次回もし渡米したときには調査したいなぁ。(iPod時代はMiami Heatが行っていた)


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(写真:ロッカールームではBOSEスピーカーとVideo iPodブラックがトレンドでした)

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(写真:わりと初期のiPodと装着していたマイク。2006年世界選手権でiPodごとさいたまアリーナ床に落下し使用不可に。銀座Genious Barに持ち込んでみたがデータ復元はできなかった)

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(写真:ビデオiPod、マイクつけてこのように使用。しかし2008年のニューオリンズのNBAオールスターでまるまる紛失。捜索したが結局見つからず)

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(写真:iPod Nano Second Generationに装着するちょっと無骨なマイク。一番上の写真に写るこのiPod NanoはHIV基金寄付のためのデザインで赤い。Amazonの中古市場で手に入れた新品でした)

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(写真:あっ!これは2008年、Phoenix Sunsスティーブ・ナッシュの主催するサッカー大会のとき。赤いiPodにマイクつけたやつ写っちゃってるこれ、私の手じゃん)


。。。

というわけで、
アップル製品にはいろいろと思い出ありです。

盆代ブルー?

 私がニューヨークに渡った1998年には、あのトランスルーセント(透明)のボディにボンダイブルー(緑青)のiMacがとても新鮮で、こんなパソコンがあっていいのだろうか!という驚きに満ちていました。その頃から2001年までは、マンハッタンはドットコム企業が雨後の筍のように乱立し、なんだなんだ時代はいったいどこへ行くんだろ!!と、新しくて楽しそうで勢いあるベンチャー会社がたくさんありました。私もいくつかの会社からちょっぴり仕事なんかもらったりして恩恵を受けていました。これもカラフルMacが象徴する、何でもアリで革新的な楽しいコンピューターワールドの幕開けのようでした。

よければSOHO地区に、それなりでもチェルシー地区にオフィスを設けて、インターネットの世界とビジネスを結びつける人たちが大勢いました。
日本でも、ヘアサロンなんかに行くとiMacで顧客名簿をチェックしていましたよね。

あのころからトランスルーセント(透明・スケルトン)が時代の最先端でしたが、それがいちコンピューター会社によってこんなに有名に、、、、、。

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(写真:カラフルなiMac一同。真ん中がボンダイブルー。シドニーのボンダイビーチの色からの造語)



 色鮮やかな未来が待っているんだと思わせるようなアップル製品。
そのデザインの妥協のなさは、ジョブズがいつもこだわっていたところでしょう。言っている意味が分からない〜?、たとえばiPhoneの角の丸さや各製品のカーブの度合いや使用する素材の風合いは、考え尽くされている美しさなのです。機能面は?…その両方の塩梅を、徹底的に探って行くのです。おそらく熱を逃がすにはこの素材は不向きかもしれませんが、敢えてトランスルーセントにする意味は「もしキャンディーのようなパソコンがこの時代にあったなら?」と考えると世に出さずにはいられないよなー。


10年前のジョブズ

 ジョブズは2001年のインタビューで、10年後は自分はどうしているかという質問に「先の見通しはわからない。考えないようにしている。世の中は、つねに変化しているからだ。別の道へ状況を合わせて変更しなければならなくなるだろ?」と答えた。
そのときどきや、その時代に感じる直感をとても大事にしているようだ。

 その10年後、とくべつに、人々に愛されたままこの世を去ってしまうのだが、こんなに愛されている理由は何だろうね。社内ではとっても怖い人のようだけど。
コンピューターに感情が必要と思っていたからかな。
コンピューターの調子が悪いとき「Sad Mac」という困った顔のアイコンがでてきたり、まるで感情があるかのような作りになっていた。これはほんとうにマックの醍醐味と言うか、故障しても「しょうがないかあ」「また機嫌が悪いのかい?」と思わせるうまい手口と言おうか、愛おしくなってしまう理由の一つだったかもしれない。


。。。

肝臓移植は延命のため?

 2004年に膵臓がんの手術を受けたジョブズだが、このころは2001年発売のiPodで、音楽をダウンロードして聴くという手法が世界的に空前のブームとなっていたころだ。
2005年にはスタンフォード大学の卒業祝辞で素晴らしすぎるスピーチを行う。「毎日を人生最期の日だと思って生きてみる」という考えや自分の生い立ちを話し、世界中のyoutubeなどで今でも再生されている。
ジョブズ自身はポートランドのあまり有名でないリード大学を半年で中退するのだが、そのころ習得したカリグラフィーの授業でおそらくジョブズのセンスが磨かれたのかと思う。
これは書体のことだが、書体の一つ一つを洞察してみると、デッサンの基礎にもたどり着く。
デッサンというか、もののバランスがいいとかそうでないとか、って口で説明するのは難しい。

 2007年にiPhoneを発表しこれが世界的な規模で、携帯電話業界を激震させ、2008年にはMacbook Airが登場。おなじみのオフィスで使う茶封筒の中からなんとコンピューターがでてきた。まるで手品のようだった。私は日々の重〜い荷物に耐えられず、すかさず購入を決意した。(一眼レフカメラ業界にもジョブズは必要だ)

 しかし2009年にメンフィスで肝臓移植手術を受けたジョブズ(北カリフォルニアでは順番待ちが3倍だったので)。ジョブズが2004 年に手術した膵臓がんは、珍しい島細胞のがんで進行性が低く完治も期待されていただけに、再度の手術は体力消耗させ、移植は治療にプラスにならずこの手術が寿命を短くしたのか、それとも移植によってよく持ちこたえたほうなのか。

 この間もやせこけた体でプレゼンに登場してきたジョブズだが、あまりにも体を酷使しすぎてはいなかっただろうか…。ジョブズ家は菜食主義で、しかも一番規律がきついビーガン(肉、魚、乳製品、卵さえ食べない)だといわれているが、タンパク質は足りていたのかとおかあさんのような心配をしてしまったが、自宅やオフィス近くの日本人寿司職人のいるJin Shoはお気に入りだったそうだ。
 また、ジョブズは禅の思想に傾倒しており、乙川弘文という僧侶と親しくしていた。
若い頃からインド旅行やクリシュナ寺院通い(食べ物にありつくため)など、東洋思想に明るいジョブズだったがカリフォルニア辺りのインテリの一部はこうした傾向は持っていただろうが、あのデザインを思えば、Zen Styleは製品にも明らかに影響を与えていた。というかジョブズの志向そのものだったように思う。

 難しい技術と美しいアート、相容れないふたつを融合させた「天才」であったスティーブ・ジョブズに追悼の意味を込めて…「ひたすら坐禅」します。(ヨガクラスでジョブズを想うことにしようっと)


Stay Hungry, Stay Foolish…
(スタンフォード大学スピーチ、卒業生への餞の最後の言葉。ジョブズの世代ではバイブルのようだったWhole Earth Catalogueより引用された)
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by chiesuzukihome | 2011-10-09 22:20 | ニューヨークシティ | Comments(2)