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カテゴリ:ニューヨークシティ( 14 )

スティーブ・ジョブズ 追悼 iPodとNBAの現場

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(写真:ジョブズありがとう写真)


写真はほんの一部のアップル製品ですが、これ以外にも初期iPodやVideoiPod、はたまたジョブズ不在時代?のPowerMac 8500やPowerbook 2400などなど、ほんとうにお世話になりました。

 iPodはインタビュー機器としても活躍しました。マイクをつけて。
たぶんNBAジャーナリスト界では草分けだったと思います。選手や他のジャーナリストたちが
「何それ!iPodで録音できるの?」と興味津々。時代の最先端でしょうか?えへへ(笑)

 そしてロッカールームでは選手たちがiPodでヒップホップを大音量で聴くようになり、アップル花盛りでした。(というのも誰かがiPod用のBoseスピーカーを持参し、チーム一の音楽好きがiPodを挿して選曲)それはまるでルイヴィトンのバッグや、グッチの革靴を身につけるのが、男の美学でお金持ちのたしなみだぜよ。というのと同じ感覚もあったようです。
今はiPadがどれくらい持ち込まれているのかな?戦略をiPadに納めるチームもあるようで、次回もし渡米したときには調査したいなぁ。(iPod時代はMiami Heatが行っていた)


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(写真:ロッカールームではBOSEスピーカーとVideo iPodブラックがトレンドでした)

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(写真:わりと初期のiPodと装着していたマイク。2006年世界選手権でiPodごとさいたまアリーナ床に落下し使用不可に。銀座Genious Barに持ち込んでみたがデータ復元はできなかった)

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(写真:ビデオiPod、マイクつけてこのように使用。しかし2008年のニューオリンズのNBAオールスターでまるまる紛失。捜索したが結局見つからず)

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(写真:iPod Nano Second Generationに装着するちょっと無骨なマイク。一番上の写真に写るこのiPod NanoはHIV基金寄付のためのデザインで赤い。Amazonの中古市場で手に入れた新品でした)

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(写真:あっ!これは2008年、Phoenix Sunsスティーブ・ナッシュの主催するサッカー大会のとき。赤いiPodにマイクつけたやつ写っちゃってるこれ、私の手じゃん)


。。。

というわけで、
アップル製品にはいろいろと思い出ありです。

盆代ブルー?

 私がニューヨークに渡った1998年には、あのトランスルーセント(透明)のボディにボンダイブルー(緑青)のiMacがとても新鮮で、こんなパソコンがあっていいのだろうか!という驚きに満ちていました。その頃から2001年までは、マンハッタンはドットコム企業が雨後の筍のように乱立し、なんだなんだ時代はいったいどこへ行くんだろ!!と、新しくて楽しそうで勢いあるベンチャー会社がたくさんありました。私もいくつかの会社からちょっぴり仕事なんかもらったりして恩恵を受けていました。これもカラフルMacが象徴する、何でもアリで革新的な楽しいコンピューターワールドの幕開けのようでした。

よければSOHO地区に、それなりでもチェルシー地区にオフィスを設けて、インターネットの世界とビジネスを結びつける人たちが大勢いました。
日本でも、ヘアサロンなんかに行くとiMacで顧客名簿をチェックしていましたよね。

あのころからトランスルーセント(透明・スケルトン)が時代の最先端でしたが、それがいちコンピューター会社によってこんなに有名に、、、、、。

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(写真:カラフルなiMac一同。真ん中がボンダイブルー。シドニーのボンダイビーチの色からの造語)



 色鮮やかな未来が待っているんだと思わせるようなアップル製品。
そのデザインの妥協のなさは、ジョブズがいつもこだわっていたところでしょう。言っている意味が分からない〜?、たとえばiPhoneの角の丸さや各製品のカーブの度合いや使用する素材の風合いは、考え尽くされている美しさなのです。機能面は?…その両方の塩梅を、徹底的に探って行くのです。おそらく熱を逃がすにはこの素材は不向きかもしれませんが、敢えてトランスルーセントにする意味は「もしキャンディーのようなパソコンがこの時代にあったなら?」と考えると世に出さずにはいられないよなー。


10年前のジョブズ

 ジョブズは2001年のインタビューで、10年後は自分はどうしているかという質問に「先の見通しはわからない。考えないようにしている。世の中は、つねに変化しているからだ。別の道へ状況を合わせて変更しなければならなくなるだろ?」と答えた。
そのときどきや、その時代に感じる直感をとても大事にしているようだ。

 その10年後、とくべつに、人々に愛されたままこの世を去ってしまうのだが、こんなに愛されている理由は何だろうね。社内ではとっても怖い人のようだけど。
コンピューターに感情が必要と思っていたからかな。
コンピューターの調子が悪いとき「Sad Mac」という困った顔のアイコンがでてきたり、まるで感情があるかのような作りになっていた。これはほんとうにマックの醍醐味と言うか、故障しても「しょうがないかあ」「また機嫌が悪いのかい?」と思わせるうまい手口と言おうか、愛おしくなってしまう理由の一つだったかもしれない。


。。。

肝臓移植は延命のため?

 2004年に膵臓がんの手術を受けたジョブズだが、このころは2001年発売のiPodで、音楽をダウンロードして聴くという手法が世界的に空前のブームとなっていたころだ。
2005年にはスタンフォード大学の卒業祝辞で素晴らしすぎるスピーチを行う。「毎日を人生最期の日だと思って生きてみる」という考えや自分の生い立ちを話し、世界中のyoutubeなどで今でも再生されている。
ジョブズ自身はポートランドのあまり有名でないリード大学を半年で中退するのだが、そのころ習得したカリグラフィーの授業でおそらくジョブズのセンスが磨かれたのかと思う。
これは書体のことだが、書体の一つ一つを洞察してみると、デッサンの基礎にもたどり着く。
デッサンというか、もののバランスがいいとかそうでないとか、って口で説明するのは難しい。

 2007年にiPhoneを発表しこれが世界的な規模で、携帯電話業界を激震させ、2008年にはMacbook Airが登場。おなじみのオフィスで使う茶封筒の中からなんとコンピューターがでてきた。まるで手品のようだった。私は日々の重〜い荷物に耐えられず、すかさず購入を決意した。(一眼レフカメラ業界にもジョブズは必要だ)

 しかし2009年にメンフィスで肝臓移植手術を受けたジョブズ(北カリフォルニアでは順番待ちが3倍だったので)。ジョブズが2004 年に手術した膵臓がんは、珍しい島細胞のがんで進行性が低く完治も期待されていただけに、再度の手術は体力消耗させ、移植は治療にプラスにならずこの手術が寿命を短くしたのか、それとも移植によってよく持ちこたえたほうなのか。

 この間もやせこけた体でプレゼンに登場してきたジョブズだが、あまりにも体を酷使しすぎてはいなかっただろうか…。ジョブズ家は菜食主義で、しかも一番規律がきついビーガン(肉、魚、乳製品、卵さえ食べない)だといわれているが、タンパク質は足りていたのかとおかあさんのような心配をしてしまったが、自宅やオフィス近くの日本人寿司職人のいるJin Shoはお気に入りだったそうだ。
 また、ジョブズは禅の思想に傾倒しており、乙川弘文という僧侶と親しくしていた。
若い頃からインド旅行やクリシュナ寺院通い(食べ物にありつくため)など、東洋思想に明るいジョブズだったがカリフォルニア辺りのインテリの一部はこうした傾向は持っていただろうが、あのデザインを思えば、Zen Styleは製品にも明らかに影響を与えていた。というかジョブズの志向そのものだったように思う。

 難しい技術と美しいアート、相容れないふたつを融合させた「天才」であったスティーブ・ジョブズに追悼の意味を込めて…「ひたすら坐禅」します。(ヨガクラスでジョブズを想うことにしようっと)


Stay Hungry, Stay Foolish…
(スタンフォード大学スピーチ、卒業生への餞の最後の言葉。ジョブズの世代ではバイブルのようだったWhole Earth Catalogueより引用された)
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by chiesuzukihome | 2011-10-09 22:20 | ニューヨークシティ | Comments(2)

September Eleven

2001年9月11日、ニューヨークのマンハッタンにいた。


ビル崩壊は自宅テレビで見たのだが、いてもたってもいられず、カメラを持参しアップタウンからダウンタウンへ向かった。
世の中で起こっている歴史を、とにかく記憶したかったのだ。

家を出ると、ダウンタウン行きのバスが動いている。
無料で旋回しているらしかった。

窓の外を眺めていると、献血の行列や、就業前徒歩で自宅へ帰る人々、営業しているレストランやカフェで無事を確認し、人と人のつながりを求める人々。アメリカ人はみな意気消沈、こんな元気のないアメリカ人を見たのは初めてだった。

バスはグラマシーパークあたりで止まり、この先は車が入れません。と告げられ下車しひたすら徒歩で下っていく。するとSOHOのハウストンストリートも立ち入り禁止。直角に交わるブロードウェー通りは、南に大きなワールドトレードセンターが真正面にそびえ立つはずなのだが、そのあたりは白っぽい、灰色のすすけた、黒々とした、スモークで霞んでいた。

南下できない、西へも進めない。
仕方なく、東へ。
ここからは、チャイナタウン在住者のみが通れる。

青い木製の立ち入りを阻むつい立ての前には、NYPDが身分証明書提示を求めている。
「チャイナタウンに住んでいます」「どこの通りだ」「モットーストリートです」というわけで、中国人になりすまして、立ち入ることができた。


チャイナタウンの中国人。公園でチェスをする人々、玄関先にたたずむ老人。ブロック塀の上で爆睡する野良猫。あまりにものどかな光景は、まるで何事もなかったかのようで「平和」が満ちており、
この一角だけ別世界だった。ここが同じ9月11日のニューヨークなのかと。

しかしチャイナタウンの中心を南北に走るキャナルストリートへ出ると、左手にブルックリンを結ぶマンハッタンブリッジからトラックが何台も何台も連ね目の前を暴走する。
中国を象徴する銅像からたくさんの鳩が一斉に飛び立ち、黒い煙の異常さに敏感になっていた。

青い木製のつい立てを何本も横に見て、こんどは東へ進んだ。数えきれないくらいのNYPDが警備している。やっとトライベッカのあたりに到着。もう黒い煙の目の前だ。ここには普段着のアメリカ人が高級マンションから表に出てきて、嘆き悲しみに暮れている。


少し南下すると、車の上には白い灰が積もっていた。
3〜4センチくらいのパウダーアッシュ。手で触ってみると、さらさらの灰、よく目を凝らすと化学繊維のような堅いちりちりのほこりを含んでいる。燃え尽きなかった防火絨毯だろうか。
地面にはなぜかたくさんのコピー用紙のようなものが散らばっている。
爆発の衝撃で書類がいっぺんに飛び散ったのか。その紙には食パンのようにふちがが茶色く燃えた痕があり、紙も「あっちーあっちー」、と言いながら舞い降りてきたんだという気がするのだった。

ワールドトレードセンタービルが粉々になり、数千人の人々が一瞬のうちに白い灰になった。
その真下にいた訳ではないが、おそらくグラウンドゼロから2〜300メートルのあたりまで近づいたかと思う。

隣のビルが崩壊しているのを目撃したが、2本のワールドトレードセンター自体は、既に粉々になっていた。
もう夕刻が近づいてきたので、しばらくして動き出した地下鉄に乗り込みウエストサイドを北上した。


写真は、探して見つかったら掲載しますが
ほとんどありません。



。。。





ワールドトレードセンターに足を踏み入れたことは何回あっただろうか。
一度、107階のウィンドウズオンザワールドという、世界の窓ですよというレストランに行ったことがある。
といっても仕事で、同じフロアのすぐ後ろにある事務所を訪ねた。
ガラス張りのゴージャスなレストランとは裏腹に、必ず迷ってしまうであろう迷路のような通路を抜けると事務所があった。そこのPR嬢は山積みになった書類から世界の窓食堂の美しい写真を選び出し、「どうです素晴らしいでしょう」と言いながらポジフィルムを渡した。

狭くて窮屈な通路だらけの、地上数百メートルに立っていると、ガラス張りの青空の向こうから飛行機が迫ってくるなんて、夢にも思わなかっただろう。



911を境にそれまでの、世界一自信過剰で傲慢だけど太っ腹でいいヤツだったアメリカ魂は、すっかり撃沈されてしまった。しぼんでしまったあのアメリカ人のがっかりさ加減は忘れられない。



黙祷。







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by chiesuzukihome | 2011-09-11 19:01 | ニューヨークシティ | Comments(0)

ニューヨークパーティ

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(写真:31階、窓からの風景。ハドソン川のフェリーが見える)



ニューヨークのパーティ、というと個人宅で行われる事が多々ある。

この写真はそのお宅の窓の眺め。
西側はハドソン川を挟んでニュージャージーが見える。
南側にはウォールストリート、トライベッカあたりの高層ビルが。

友人の友人、友人の友人の友人、などが集まり、ワイン、シャンパン、ウォッカ、数種のチーズ、果物スイカ、ぶどう、などが振る舞われた。

午後9時から午前2時まで。

友人から招待されたのだが、いったいこのパーティは何のために行われ、ここの家主が何をしている人なのか聞くのを忘れたが、アジア人(たぶんシンガポール人)30代くらいの男性。ドアを開けるとかわいいアジア人女性がなかへ招いてくれた。

家具などを見ると、まだ入居したばかり、趣味も特になく、たぶんファイナンス系で成功した人なんだと思う。しかしこの人はただ場所を貸しただけのようだ。同じビルに住む女性が開催したらしい。こういった詳細のわからないパーティは山ほどあり、しかもたくさんの人が集まる。


この無料パーティに集まった人々、いろいろな人種。
アメリカ、インド、韓国、台湾、フランス、イタリア、私が話した相手は以上の国籍。
そのほかの国の人もきっといたはず。



最近、どうも、かわいい韓国人女性にナンパされる。(笑)


レジデント、アメリカで研修医をやっていて、日本語がうまく、とってもかわいい。(笑)
韓国人女性に共通するピュアさがあり、日本人とひと味違う。今もいきなり携帯にメールが入った。昨日会ったばかりなのに。

こうやって携帯にはたくさんの韓国人女性の携帯番号が溜まっていくのだった。
彼女たちは日本に興味があり、日本のファッションや音楽、ドラマに関心があり、純粋に日本人女性とお友達になりたいようだ。


書きたい事はいっぱいあるが、原稿の合間なので、それではまた〜・・・。
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by chiesuzukihome | 2009-07-12 07:17 | ニューヨークシティ | Comments(0)

セントラルパークの独立記念日

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これらの写真、まるでマネの絵みたいな光景。


7月4日の独立記念日にセントラルパークへ。
普段素通りしているマンハッタンで一番大きな公園。
大きな湖、木造の橋、ボートとイタリアのゴンドラ、中世の絵が描かれた殿廊のような一角、などなど知らなかったセントラルパークがこんなにたくさんあったとは。

この日は休みのなか日とあってくつろいだ人々でいっぱいだった。



そのあと、ブルックリンでバーベキュー。

知らないうちにフランスのカベルネを一本開けてしまったが、この赤ワインを飲んでいたのは私ひとり。

けど、ぜんぜん酔っていない。っていったいどういうことだろう。



P.S.
トレード状況については、Twitterに随時書いています。
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by chiesuzukihome | 2009-07-07 07:37 | ニューヨークシティ | Comments(0)

夏休みではない

夏休み、というわけではないのですが、
ずっとパソコンの前に居たのですが、

多忙のためあまりにも更新を怠っていました。

NBAドラフト祭りも終わり、
これからは、トレードの季節。

それからときどきどこかで、オフシーズンの選手と遭遇する季節。


今年もワシントンDCにアイバーソンをおっかけます。
でも彼は裁判中で裁判所に出廷していないことで(要はすっぽかした)
どんなペナルティが、、、、あるのか。
裁判内容については、またこんど。アイバーソンが言いがかり付けられた。だけです。


それと、七夕のトニー・パーカーの結婚式、
まあ超豪華とはこのことですね。

メディアシャットアウトなのですが、
ちゃっかり知り合いの記者が参列しているのにびっくり。


そしてエバ・ロンゴリアという人は、カメラマンにとって助かる人です。
レッドカーペットの上でなくても、遭遇パパラッチしていても
私のようなのにもちゃんと目線をくれたりします。
ええ、助かります。
しかも写真写りは抜群にいいです。



詳しくは来月号の私のページで触れています。


こちらもすっかり夏です。
ニューヨークも暑い。7月と8月はバケーション期間でビジネスを休む人も多い。比較的街から人が少なくはなる。



ニューヨークはマイアミやダラス、サンアントニオのような茹だるような空気とは違い、
なんというか、特徴としては排気ガス臭い、世界中の音楽が聞こえてくる(特にラテン)、
女性たちの肌の露出、男性のバミューダー、何か皆生き生きしていていいのです。
んー、何いってんだかわからん、こういうのは写真に撮るべきなのですが。


では。

このブログのスキン、文字がちょっと薄すぎない?

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(写真:ニューヨーク、タイムズスクエア付近の風景)
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by chiesuzukihome | 2007-07-13 03:01 | ニューヨークシティ | Comments(4)

ニューヨークシティ

忍耐強いみなさま、すみません。

立ち寄って下さっているのに、放置状態。
何度か書いてはいたのですが、非公開にしていました。というのもすっかり勘が鈍ったのか、いまいちまとまらない(いつもですが)文章になってしまっていたのです。

一ヶ月日本滞在、料理はだまっていても出てくるし、ブログは放置するし、
で、一ヶ月後、どちらもおぼつかないものになってしまった。料理のほうはやっと勘がよみがえりましたが、ブログのほうが、、、、。

つうわけで、ぼちぼち、シーズンも始まりますので
また再開します。

近況:

というほどのものはないですが、

ニューヨークの10月は、寒いのか暖かいのかよくわかりません。
防寒具が必要。と思いコートを引っ張り出したかと思うと暖かいぽかぽか陽気で素足にサンダル。なんて一日一日違いがあります。

そんな陽気を楽しみながら、ituneでJazzばかり聴き、ワコムタブレットでお絵かき、をしたいのですが、まさに慣れていないので、うまく描けません。

慣れ、を自分のものにするには、相当時間のかかるものから、1,2週間でできてしまうものまであります。
デッサンも毎日描けばうまくなります。
通勤も慣れればどおってことないし、海外生活も慣れればたいしたことでもないかもしれません。

という風に、みんな大人になってきます。

というわけで、慣れていないそわそわ感を大切にしながら、いまだ危うい感じで生活中、かもしれませんが、今シーズンも楽しみです。

P.S.
帰国中、時間の問題(物理的要因)でほんとにごく少数の人しか会えなかったので、今回会えなかった友人達、残念でなりません。また次回、声かけてください&声かけますので遊んでやってください。
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by chiesuzukihome | 2006-10-10 08:49 | ニューヨークシティ | Comments(4)

パリのカフェからの憶測

MOMA美術館のThe Modern(フレンチレストラン)、まだ行ったこともない。
開店当時は予約が1ヶ月待ちだとかで前評判いいし、お高いし、しかも美術館だけあって白いプレートに盛りつけられたメインやアペタイザーはまるで白いキャンバスに描かれた絵画のように美しい。

とりあえずMOMAのカフェに入った。
「Cafe5」は五階のテラス付きの、インテリアはミニマリズムの日本人設計でもちろん盛りつけもThe Modern同様、芸術品だ。

テラスを見下ろすとMOMAの庭園がありこれまた趣深く
ひとつの絵画を上から眺めているようだった。

オーダーしたのがSandae$8(サンデー)
コーヒーのアイスクリームとバニラビーンズの入ったアイスクリームにピーカンナッツがごろごろと入り、リキュールに浸したスポンジケーキがちょびっと下の方に沈んでいる。アイスクリームは当然自家製でこれがまたうますぎ〜。
量もちょうどよくお上品。

ひるまっからワイン飲もうと思ったけれど、おいしすぎるコーヒーアイスを食べた後はまた常設の19世紀から20世紀絵画をひとしきり堪能。

有名絵画ばかりだったからなのか、もうその熱いもの、パッション、画家が絵画を通して訴えてくるエナジーに圧倒されながら、疲労困憊。
まるでNBAプレーオフゲームを4試合ぶっ続けで見せられたときのような疲労感。

ムンク、ピカソ、シャガール、キリコ、カンデンスキー、ミロ、クレー、クリムト、ゴーギャン、セザンヌ・・・・。

19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパ、特にこの時代のフランスは楽しかったであろうな。画家が集うカフェ(酒場)には芸術論議を明け方まで交わす人々でいっぱいだっただろう。それにしてもアメリカの芸術はいまいちだった。
アンディ・ウォーホールの絵も飾られていたが、あれ、見る価値はないですよ。
確認するだけでOK。
マリリンモンローが描かれたキャンバスには、情熱ではなくて皮肉が描かれている。
もう絵画の行き着くところを知り、アメリカの大量消費文化を皮肉る方法で芸術を果たしていたウォーホールは、その時代に生まれていたならばそんな芸術よりもきっとパリのカフェ論議のほうが羨ましく楽しかったであろう。と想像する。


ところでこの間、
グラマシーあたりのフレンチレストランへ行った。
La Petite Aubergeという店、このへんインド人街なのかやたらにインド料理店が軒を連ねているのだが、その狭間に小さく山小屋風のふた昔前のレストランらしきところがそこ。

1940年代のフレンチレストラン?
という趣の、客層も40年代に青春を謳歌したであろう年輩の方たちが食している。
来てみればインテリア以外は高級フレンチレストラン。

まずエスカルゴを頼んでみた。
何年ぶりかに食べるエスカルゴ、フランスではそんなに高級料理ではないらしい。
このガーリックバターがあつあつで、おいしい。エスカルゴもぷりぷり。
パンにつけてぜんぶ平らげた。
間に入ったサラダは何の気なしにサーブされたがこれでお腹が張ってしまった。
そのあとに子牛のソテーでもうおなかが破裂しそうだった。
お肉も柔らかくこってりデミグラスソースでこれも苦しいけどたいらげ、
デザートにはピーチのお酒のかかったアイスクリーム。

やっぱり一昔前のフレンチらしく、あとでバターで胃がきもちわるくなった。
昔の西洋料理番組で、バターや油をこれでもかというくらい使い、ぎとぎとしているのを見たことあるがまさにあれでしょう。

ところでこのお店、グラスワインが最低17ドルであと殆どがボトルワイン。
ボトルはまあまあのものから1986年の何千ドルするものまで充実。
もちろんほとんどがフランスワイン。

そのなかで隠れるようにメニューに載っている番外編な「カラフェ」に入ったワインを頼んだが、
これ、たぶん高級ワインからイエローテイル(安ワイン。ワインリストにはないのになぜかバーカウンターに置いてあった)までの客の残していったボトルに残ったものを合わせた。んではないかという憶測。

おいしいような気の抜けたような味わいに、微妙なうまさとうまくなさが混同する赤ワインであったのだ。

それってなんだか
おいしい目に遭う確率とマズイ目に遭う確率がカラフェに注がれているという
ニューヨーク生活そのもののようだ。
とそんなことを考えてしまう、パリのカフェ気分からでした。
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by chiesuzukihome | 2006-05-04 05:20 | ニューヨークシティ | Comments(0)

セントパトリックディの衣装

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先週のセントパトリックディ、アリーナではたいていハーフタイムにこのダンス。
ニックスやブルズはグリーンのユニフォーム。
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by chiesuzukihome | 2006-03-22 15:37 | ニューヨークシティ | Comments(4)

New York 地下鉄ストライキ

マンハッタン全面ストライキ、これは25年ぶりのこと。市民は徒歩通勤を強いられたり、四人組になり他人の車に便乗や、複数でタクシーを捕まえる等で、なんとか仕事場にたどり着いているらしい。

こういうときに無理して仕事することはないのに会社へ行ってしまうという悲しいサガ。これは労働者(弱者)のためのストライキである。「権力者」の言いなりになり、わざわざ会社を拝みに行かなくても良いのだ。努力している労働組合に申し訳ない。権力を持つ者に簡単に協力してよいのか。
なかには医師や看護士という、人を助ける重要な職業に就いているものもいる。彼らの交通混雑緩和のためにも、この仕事をしないと誰かが死ぬという状況以外の用のないヤツは家で待機するに限る。(数日休んだだけで家賃が払えなくなる時給や日給で働いている人々は仕方ないけど)


労働組合はクイーンズ区からストを始め、交渉がうまくいかない場合火曜日にはマンハッタン全面スト決行と宣言し、本日決行。現在の彼らの年間サラリーは三万五千ドルから五万五千ドル(4060,000〜6380,000円)。特に焦点となっているのは新職員の退職年金給付年齢で55歳から62歳への引き上げに反対している。

組合が言うには、とくに今年度年間10億ドルの剰余金があるにもかからわず、自分たちだけ儲けて労働者への還元がないということで、賃上げや年金問題に言及している。

一日700万人が利用する地下鉄&バス、ニューヨーク市では一日400万ドルの損失、これらが滞ってしまいいったいどうなるのだろう。このまま長期に達すれば、クリスマス商戦を期待していた商業系(デパートやら五番街やら)はたいへんなことになりそう。前回(1980年4月)は11日間もストだったそうですが、今回も3日から7日の勢いがあるそうです。時期が時期なだけに俺のクリスマスを返せ!状態ですな。

きのうメイシーズデパートへ行ったが、人人人の混雑で、何が楽しくてみんなここへ来るのだろうと、自分も一緒になって楽しく買い物していたのだが、クリスマスプレゼントを買う者や観光客でいっぱいだった。

しかし、
地下鉄を利用する市民にしてみれば、いいかげんにしろよ。と、とにかく評判は悪い。地下鉄が動いていたとしても、くさいキタナイ時間通りに来ない、悪評地下鉄。
これが世界一の都市、ニューヨークの地下鉄なのかと全く疑問だ。
この地下鉄職員にしても窓口のおばさんは不機嫌だし、プラットホームは汚く寒い(そうじしとるのか)。最近やっと日本の川崎重工製のぴかぴかの車輌がやってきて、あれここ東京なの?と一寸勘違いしそうなこともあり、しかも地下鉄カードと販売機は日本人がデザインしたもので、精度がよい。トークンを売る努力をしなくても済む職員たちだが、これ以上に何かを期待するのなら、もう少し我々利用者にとってマシなサービスがあるとありがたい。


とりあえず、そんなこともありどちらの味方をすればいいのかもわからないが、
「歴史的ストライキというイベント」に自分も参加したかった気もする。
ブルックリンブリッジを寒空の中、延々と歩く。とか、乗り合い自家用車に便乗し全く見ず知らずの者と数十分から数時間の旅の道連れを楽しむとか。
夜には気温がマイナス5度になるらしいので、みなさん気をつけて。

私は家でテレビを見ています。
きょうのクリッパーズ戦は行きません。

(写真:労働組合のデモ。100丁目MTAバスセンターの前。午後6時頃、20数名の地下鉄労働者がダルマのように着込み耳がちぎれそうな寒さの中、賃金値上げを訴える。)
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(写真:乗用車には4人以上乗車すること。96丁目からマンハッタンを南へ下る場合乗組員が必要)
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by chiesuzukihome | 2005-12-21 06:52 | ニューヨークシティ | Comments(0)

アメリカのビジネス

ホテルカリフォルニア、を聴いたと書いたが、それにしてもホテルデトロイトで快適な時間を過ごせた。
デトロイト何もない、とぶつぶつ言っていたが、Durury Inn(デュルーリー・イン)というチェーン展開しているホテルに宿泊。
Innだけあって、そんなに高くないが、バスルームの床は大理石、仕事用の椅子はリクライニングでハイスピードインターネット無料、長距離電話無料、そして、5時半から7時まで一階のダイニングでひとり3杯の酒が無料。
って、もう出張中のお父さん大満足なホテルなのだ。

毎日そこで酒を飲む幸運、ベイクドポテトやミートボール、ナチョスなどアメリカンな夕食ならそこで間に合うのでわざわざディナーに出かけなくてもすべて無料。ダイニングは酒を飲むには少し明るい。がそれも泥酔しないようにあくまでもサービスの一環でファミリーな雰囲気を醸し出しているところもうまい。お父さん達は無言で行列を作り、健康的なおねいさんが酒をついでくれるのを待つ。

インターネットで予約して行ったのだが、その後ホテルのCEO、チャック・デュルーリーさんの名前でメールが帰ってくるところなど、いかにもケアが行き届いていますなイメージで、商売上手!!

アメリカでは脱サラして成功したビジネスマン社長が多い。
最近の小さな航空会社も社長が若く、独自のノウハウとサービスで乗客獲得に成功している。先日利用したSOUTH WEST AIRLINEは、座席指定がなく、予約した順に搭乗するという変わったシステム。フライトアテンダント男女は特別コメディ系を採用しているらしく、シートベルト着用や赤ちゃんが泣いたらみんなであやすようにと、ギャグ連発で楽しませてくれる。チケットも何度か利用するとタダになり、アメリカ一安いとか。

先ほどのホテル、うっかりしたことに携帯電話のバッテリー充電器を忘れてきてしまった。サービスについてのアンケート用紙がその後メールで届いたのでproblemの項目にそのことを書いたら、すぐに電話が来て、充電器を送ってくれるという。

まだ現物が届いていないので何とも言えないが、ケアが行き届いているイメージはうまい。
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by chiesuzukihome | 2005-07-10 03:18 | ニューヨークシティ | Comments(0)