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あらひゅー3

アラン・ヒューストン34歳。

突然の引退。
当日記者達は練習場に呼び出され、家族、チームメイトの見守る中
アランは記者会見に望んだが、グレーのスーツは首周りがふたまわり分くらいぶかぶかだった。
健康な時代に購入したスーツはすべてこんな状態になってしまったのか。

「長い間この日を思い描いていた。けれどもこんなに早く来るとは思わなかった。
復帰に向けて出来る限りのことをしてきたが、怪我は思うように回復しなかった。」

2003年には左膝の手術を受けた。
膝蓋骨と大腿骨の関節に炎症を起こした左膝は、この3年間何人もの医者に診せたが「痛みは常に変わらない」状態だったという。

今回の引退を決定づけたのは膝の痛みが特別に増したからでも
医師に言われたからでもなかった。

「変わらぬ膝の痛みと、自らの心」の決定だった。

家族とチームのために下した決定でもあった。

怪我との戦いに、
「・・・もう疲れたよ」と吐いていた。
それは批判との戦いでもあったのかもしれない。家族のため、チームメイトのため、ファンのため、ニックスのため、自分自身のためにがんばったが、もう駄目だと悟ったのだ。

アイザイア・トーマスはアランの引退をデビッド・ロビンソンと重ね合わせた。
ジェントルマンでナイスガイなキャラクター、しかしふたりの大きな違いは
ロビンソンは、田舎のチームで祝福されながらの引退。
引退を決意してから各土地で「今日はロビンソン最後の試合です〜」とアナウンスされスタンディングオベーションを浴びた。

アランは批判を浴びながらの引退だった。
ユーイングがニューヨークから去ったときも半分はお疲れさま、半分は出ていけ。という祝福なのかお見舞なのかを受けていた。
アランの場合も半分はとっとと出ていけというものだった。

批判となったサラリー問題だが、
社長のひとりスティーブ・ミルズは、ジェームス・ドーランはアランに支払った金額に後悔はしていないだろうと言う。「人として、バスケットボール選手として、ポジティブで、そしてそれはビジネスにとっても十分価値のあることなんだ」と語った。

タフが良しとされるスポーツアスリート界で、このようなクラッシーガイはなかなかいないという。ウォルト・フレイジャーは、20番をニックスの永久欠番にするべきだといい、「もし自分に息子がいたならば、アランのような青年になって欲しいと私は思うよ」と語られるくらい好青年だった。

その好青年ぶりは、アスリートの世界ではたまに批判の対象になる。
「ソフト」などと囁かれたりするが、それらの批判を覆すべく再び闘えなかったのはつらかっただろうし、タフぶっているだけの選手よりも、怪我のない時代には結果を残していたのは事実だったが。

想い出に残るチームメイトは「ユーイングは僕が初めて96年やって来たときの偉大なる先輩だったよ、LJは、ほんとうに究極のチームメイトで優れたリーダーだったな、チャーリー・ウォード、ジョン・スタークス、チャールズ・オークリー、そして、スプリー・・・彼はすばらしい競争者、相棒、毎回練習ではマッチアップしていたんだ」と懐かしい顔をする。

こう考えると、1996年からニックス入りし、キャリア1999年初のファイナル、2000年のオリンピック金メダルあたりをピークとし、2002年までが彼にとって全盛期だった。

現在のチームメイトとはろくにプレーできなかったことも残念がる。
(アイザイアはマーブリー、クロフォード、ヒューストンを究極のバックコートと思っていたらしい)

ニューヨークの選手だったことを誇りに思うアランだが、
ニューヨーク流儀はアランに相応しくなかったのかもしれない。

ニューヨーク流儀:
○欲しければなんでもする。(今すぐ勝たなければならない)
ラリー・ブラウンとは以前から接触していたと言われている。
○欲しいものがあれば兎に角、金を積む、ルールを無視する。
大枚はたいて獲得したジェローム・ジェームスを差し置いて、シカゴのジョン・パクソンの計らいも虚しく、不健康?なエディ・カリーの強引な獲得。
○必要なくなったら速攻捨てる。
ユーイング・・・。
レニー・ウイルキンス、アシスタントコーチのディック・ヘルム
ドン・チェイニーの解雇の仕方にも疑問が残る。

これがニューヨーク流なのである。
狡いことも拝金主義も何でもありなのがニューヨークビジネス畑の掟なのである。

こんな流儀にイヤでも合わせなければならなかった。
そんなことに嫌気がさし「疲れ果てた」のだろうか・・・。

アランは大金をもらった地点で、彼らの仲間入りをしなければならなかった。
それがミリオンという金の重みだった。

ニューヨークの街でニューヨーカーとして生きるのは
映画に出演したり、ファッション・フォトグラファーに写真を撮らせたりしたが
それだけでは務まるものではなかった。

ぶかぶかのスーツのような、大きすぎるものを着せられたアラン、
それを脱ぎ捨て、これからは毎日、
等身大の笑顔のアランを、家族が毎日待ってくれている。
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by chiesuzukihome | 2005-10-25 05:37 | NBA | Comments(0)
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