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New Yorkのイラストレーター ChieSuzukiのNBAblog


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筆洗から宇宙の始まり

 ジョブズ伝記のおはなし、だいぶ前に読み終わったけれど、時間がかかった。
というのも、登場人物の顔チェック(妻ローリーン、妹モナ、実父など)やwikiチェック、アップルコマーシャル映像をYoutubeで検索したりでその都度立ち止まっていた。

1984やThink Differentもすごいんだけど、やっぱりボブ・ディランのコマーシャル出演には驚く。
アメリカでは俳優やミュージシャンって、製品を売るためにイメージを貸しますってことはほとんどしなかったし、どちらかというとタブーなような。
ましてや、芸術家であるディランが。
しかも、U2のボノなんか自分から働きかけたそうだし。

それだけ、アップルという会社とジョブズは、アーティストに近い立場にいるんだと、アーティスト自らがそう思っていたのだろうな。



ボブディランのアップルコマーシャル
http://www.youtube.com/watch?v=urfAKVjqn4I&feature=related


コールドプレイによるアップルコマーシャルもカッコいい。
http://www.youtube.com/watch?v=dDFkRMNeZo4&feature=related



影の出演みたいな、人物を暗めに撮影しているところが、またさらにアップルのうまさだ。
ミュージシャンのイメージ(アイコン)が残るだけではなく、最後のロゴでちゃんとフィニッシュしているよ。


コールドプレイ起用のコマーシャル曲はViva la Vidaで、PVに似ている感じに仕上がっている。
一時期、PVは大きな盛り上がりを見せて、映画のように緻密な映像で誰もが有名プロデューサーに頼んですごいものを作ってもらっていた。
コールドプレイのは、完成度と芸術度が半端なく素晴らしいが、予算があまりかかっていないみたいで、昨今のブームはそこに収まったのかな。

コールドプレイというと、レコーディングプロデューサーの一人に、ブライアン・イーノがいる。
イーノは、70、80年代から環境音楽を提唱して、コンピューターと音楽の関連性も研究しており、私の中では先端の音楽家というイメージなんだけど、実はあのウィンドウズの起動音を作曲?していた。Windows 95、98の、しゅわしゅわーん?みたいなの?(ほとんど聴いた事がない)

音楽って耳障りな雑音に聞こえる事もあるけど、どんな人の耳にも心地よいか、最低限嫌な気持ちにならないとか無視できるレベルにするとか、そういう音楽を実験的に考えてきたようで、そうなるとなるほどと思って聴けるんだけど、最近のイーノの写真には、MacBookを使っている様子が写っていた(笑)。

マックの起動音というと、Cメジャー。
クラッシュしたりすると、何十回も聴かされるが、なぜか心地よい。
作曲者ジム・リークスと言う人は「クラッシュを思い起こさせる音ではなく、"筆洗"のように聞こえてほしかった」のだそうだ。
このCメジャー、体の中にふーっと入ってくる音だし、陽の音だ。
ヨガでオ〜ム〜とマントラを唱えるときがあるんだけど、その音となんとなく似ているなー。

マントラは宇宙の始まりで原始の音なんだって。
振動で自分の深部に直面する聖なる音。


なんかうますぎる話じゃ。
イーノもそこまではこじつけなかったというか、コンピューターがそんな、宇宙?にまで届くような製品かとは思わなかった。…。
1991年のQuadra700から現在も使われているこのマックの起動音、ジョブズも気に入っていたという事になる。
もしマントラ云々まで考えていたとしたら、彼らはコンピューター(マック)をすごいレベルにまで引き上げようとしていたんだなと、むりやり想像。(笑)




# by chiesuzukihome | 2011-12-23 01:36 | 旅人 | Comments(0)

ジョブズのスピリットを失わないiPhoneケースは


(写真:iPhoneケースとアップルキーボードと銀のアップル)



みんなはどんな携帯ケースを持っているのかな。

先日、iPhone用のケース(カバー)を探していたんだけど、
グーグルで日本のサイトをくまなく探したつもりだが、気に入ったものが見つからず。
大半はガジェットオタク君用か革製品愛好家用(ジッポのライターが好きなタイプ)、黒革男の小物系、またはシリコン製のカラフルなものポップなものか、スワロフスキーキラキラ系。日本製のいいなと思うものはみなSold Out。
コーチやヴィトンも見たけど、いまいちだった(お値段はおいといて)。
探し方が悪かったのか、お気に入りのiPhone4S Whiteに着せる衣装が見つからない。

仕方ないので、グーグルイタリアで探してみた。
気に入ったものが二つあった。


あなたずいぶん辛い採点ざますわね。
いったいどんなものを探しているんじゃ。
というと、、、
最初は、ケースをつけたまま電話ができるものを探していた。
電話がかかってくるとたいていケースを剥がすのが大変だったからだ。しかし、そういった機能をパーフェクトに再現するものに限って、デザインがいまいちだった。というのも、柔らかい革を使いながらもボディの形に忠実なぴったりに整形した革を筐体に貼付けるようなことになってしまうからだ。
これでいいじゃんと思うかもしれないし、以前はそういうものだった。

しかし、、、

iPhoneのデザインは美しく、まるでポルシェかなにかのようだ。
そのボディにわざわざ、ぴたっとした直線的な革やシリコンを貼付けるのはもったいないのだ。
精魂込めて作られた金属の美しく磨かれた筐体が、革やシリコンで覆われてしまう。
それは、車の高級革のシートにビニールかけたまま、このシートの革は高級なんですよ。といっているようで、その革を体験できないという滑稽さがある。

そうは言うものの、iPhoneはほとんどコンピューターに電話機能がついたようなもので、落とせば壊れる度100%。そのときのためにほとんどの人は、ラバーやシリコンなどで保護しているだろうし、細心の注意を払っているだろう。


その、落とせば壊れるリスクをケースで避けるのは当然のことなのだが、、、、、。
ジョブズのDNAが刷り込まれた「かたち」の感触を毎回味あわないなんて、もったいないなー。
と、シリコンラバーはあえてつけていない愚かものなのだった(落としたら泣きますが)。


そのかわり、カバンの中で暴れたときのために、、、
革そのものの味を損なわず縫製されたシンプルな「最低限のケース」を購入(↑の写真 SANA)。
(当初のケースつけたま通話という案は却下)
グーグルイタリアで探したのでイタリア製かいなと思いきや、カリフォルニアからシッピングされている。FedExがアーバインからオークランドへ飛び、オーダーした翌々日の朝には成田へ。その1時間半後にはもう家の玄関へやってきた。
は、はえぇ…。
SENA社もFedExも仕事が速いなあ。



まあ何が言いたかったかというと、
ジョブズのスピリットを失わずに楽しむケースが欲しかったー。ということでした。
今、カリフォルニアから飛んできた白い革のケースの中にはiPhoneが座っています。



(ちなみに一緒に写っているアップルは、ティファニー製シルバーのペンダントでごす。ちえこさんありがとうございました。とってもステキです。これでくるくるっと巻き付けたらかわいいな。)




気に入ったケースの、もうひとつはこちら。多分イタリア製ふわふわの革。 LUCRIN
こっちもよかったな。




。。。


NHKのクローズアップ現代のサイトに、ジョブズに近かった日本人のインタビューが掲載されています。これ書籍にしたら?というくらいの内容です。
「スティーブ・ジョブズさんのスピリットは生き続ける」福田尚久さん




iMac コマーシャル Different Colors
ストーンズのShe's a Rainbowをバックにカラフルなコンピューターが踊っている。
懐かしい映像です。
このカラフルなiMacってジョブズが一番作りたかったコンピューター!なのかなあ。と、いま伝記を読んでいる最中なので、後日、小学生のようなかんそうぶんをかくとおもいます。おわり。



# by chiesuzukihome | 2011-11-04 15:06 | 旅人 | Comments(0)

スティーブ・ジョブズ 追悼 iPodとNBAの現場



(写真:ジョブズありがとう写真)


写真はほんの一部のアップル製品ですが、これ以外にも初期iPodやVideoiPod、はたまたジョブズ不在時代?のPowerMac 8500やPowerbook 2400などなど、ほんとうにお世話になりました。

 iPodはインタビュー機器としても活躍しました。マイクをつけて。
たぶんNBAジャーナリスト界では草分けだったと思います。選手や他のジャーナリストたちが
「何それ!iPodで録音できるの?」と興味津々。時代の最先端でしょうか?えへへ(笑)

 そしてロッカールームでは選手たちがiPodでヒップホップを大音量で聴くようになり、アップル花盛りでした。(というのも誰かがiPod用のBoseスピーカーを持参し、チーム一の音楽好きがiPodを挿して選曲)それはまるでルイヴィトンのバッグや、グッチの革靴を身につけるのが、男の美学でお金持ちのたしなみだぜよ。というのと同じ感覚もあったようです。
今はiPadがどれくらい持ち込まれているのかな?戦略をiPadに納めるチームもあるようで、次回もし渡米したときには調査したいなぁ。(iPod時代はMiami Heatが行っていた)



(写真:ロッカールームではBOSEスピーカーとVideo iPodブラックがトレンドでした)



(写真:わりと初期のiPodと装着していたマイク。2006年世界選手権でiPodごとさいたまアリーナ床に落下し使用不可に。銀座Genious Barに持ち込んでみたがデータ復元はできなかった)


(写真:ビデオiPod、マイクつけてこのように使用。しかし2008年のニューオリンズのNBAオールスターでまるまる紛失。捜索したが結局見つからず)


(写真:iPod Nano Second Generationに装着するちょっと無骨なマイク。一番上の写真に写るこのiPod NanoはHIV基金寄付のためのデザインで赤い。Amazonの中古市場で手に入れた新品でした)


(写真:あっ!これは2008年、Phoenix Sunsスティーブ・ナッシュの主催するサッカー大会のとき。赤いiPodにマイクつけたやつ写っちゃってるこれ、私の手じゃん)


。。。

というわけで、
アップル製品にはいろいろと思い出ありです。

盆代ブルー?

 私がニューヨークに渡った1998年には、あのトランスルーセント(透明)のボディにボンダイブルー(緑青)のiMacがとても新鮮で、こんなパソコンがあっていいのだろうか!という驚きに満ちていました。その頃から2001年までは、マンハッタンはドットコム企業が雨後の筍のように乱立し、なんだなんだ時代はいったいどこへ行くんだろ!!と、新しくて楽しそうで勢いあるベンチャー会社がたくさんありました。私もいくつかの会社からちょっぴり仕事なんかもらったりして恩恵を受けていました。これもカラフルMacが象徴する、何でもアリで革新的な楽しいコンピューターワールドの幕開けのようでした。

よければSOHO地区に、それなりでもチェルシー地区にオフィスを設けて、インターネットの世界とビジネスを結びつける人たちが大勢いました。
日本でも、ヘアサロンなんかに行くとiMacで顧客名簿をチェックしていましたよね。

あのころからトランスルーセント(透明・スケルトン)が時代の最先端でしたが、それがいちコンピューター会社によってこんなに有名に、、、、、。


(写真:カラフルなiMac一同。真ん中がボンダイブルー。シドニーのボンダイビーチの色からの造語)



 色鮮やかな未来が待っているんだと思わせるようなアップル製品。
そのデザインの妥協のなさは、ジョブズがいつもこだわっていたところでしょう。言っている意味が分からない〜?、たとえばiPhoneの角の丸さや各製品のカーブの度合いや使用する素材の風合いは、考え尽くされている美しさなのです。機能面は?…その両方の塩梅を、徹底的に探って行くのです。おそらく熱を逃がすにはこの素材は不向きかもしれませんが、敢えてトランスルーセントにする意味は「もしキャンディーのようなパソコンがこの時代にあったなら?」と考えると世に出さずにはいられないよなー。


10年前のジョブズ

 ジョブズは2001年のインタビューで、10年後は自分はどうしているかという質問に「先の見通しはわからない。考えないようにしている。世の中は、つねに変化しているからだ。別の道へ状況を合わせて変更しなければならなくなるだろ?」と答えた。
そのときどきや、その時代に感じる直感をとても大事にしているようだ。

 その10年後、とくべつに、人々に愛されたままこの世を去ってしまうのだが、こんなに愛されている理由は何だろうね。社内ではとっても怖い人のようだけど。
コンピューターに感情が必要と思っていたからかな。
コンピューターの調子が悪いとき「Sad Mac」という困った顔のアイコンがでてきたり、まるで感情があるかのような作りになっていた。これはほんとうにマックの醍醐味と言うか、故障しても「しょうがないかあ」「また機嫌が悪いのかい?」と思わせるうまい手口と言おうか、愛おしくなってしまう理由の一つだったかもしれない。


。。。

肝臓移植は延命のため?

 2004年に膵臓がんの手術を受けたジョブズだが、このころは2001年発売のiPodで、音楽をダウンロードして聴くという手法が世界的に空前のブームとなっていたころだ。
2005年にはスタンフォード大学の卒業祝辞で素晴らしすぎるスピーチを行う。「毎日を人生最期の日だと思って生きてみる」という考えや自分の生い立ちを話し、世界中のyoutubeなどで今でも再生されている。
ジョブズ自身はポートランドのあまり有名でないリード大学を半年で中退するのだが、そのころ習得したカリグラフィーの授業でおそらくジョブズのセンスが磨かれたのかと思う。
これは書体のことだが、書体の一つ一つを洞察してみると、デッサンの基礎にもたどり着く。
デッサンというか、もののバランスがいいとかそうでないとか、って口で説明するのは難しい。

 2007年にiPhoneを発表しこれが世界的な規模で、携帯電話業界を激震させ、2008年にはMacbook Airが登場。おなじみのオフィスで使う茶封筒の中からなんとコンピューターがでてきた。まるで手品のようだった。私は日々の重〜い荷物に耐えられず、すかさず購入を決意した。(一眼レフカメラ業界にもジョブズは必要だ)

 しかし2009年にメンフィスで肝臓移植手術を受けたジョブズ(北カリフォルニアでは順番待ちが3倍だったので)。ジョブズが2004 年に手術した膵臓がんは、珍しい島細胞のがんで進行性が低く完治も期待されていただけに、再度の手術は体力消耗させ、移植は治療にプラスにならずこの手術が寿命を短くしたのか、それとも移植によってよく持ちこたえたほうなのか。

 この間もやせこけた体でプレゼンに登場してきたジョブズだが、あまりにも体を酷使しすぎてはいなかっただろうか…。ジョブズ家は菜食主義で、しかも一番規律がきついビーガン(肉、魚、乳製品、卵さえ食べない)だといわれているが、タンパク質は足りていたのかとおかあさんのような心配をしてしまったが、自宅やオフィス近くの日本人寿司職人のいるJin Shoはお気に入りだったそうだ。
 また、ジョブズは禅の思想に傾倒しており、乙川弘文という僧侶と親しくしていた。
若い頃からインド旅行やクリシュナ寺院通い(食べ物にありつくため)など、東洋思想に明るいジョブズだったがカリフォルニア辺りのインテリの一部はこうした傾向は持っていただろうが、あのデザインを思えば、Zen Styleは製品にも明らかに影響を与えていた。というかジョブズの志向そのものだったように思う。

 難しい技術と美しいアート、相容れないふたつを融合させた「天才」であったスティーブ・ジョブズに追悼の意味を込めて…「ひたすら坐禅」します。(ヨガクラスでジョブズを想うことにしようっと)


Stay Hungry, Stay Foolish…
(スタンフォード大学スピーチ、卒業生への餞の最後の言葉。ジョブズの世代ではバイブルのようだったWhole Earth Catalogueより引用された)





# by chiesuzukihome | 2011-10-09 22:20 | ニューヨークシティ | Comments(2)

September Eleven

2001年9月11日、ニューヨークのマンハッタンにいた。


ビル崩壊は自宅テレビで見たのだが、いてもたってもいられず、カメラを持参しアップタウンからダウンタウンへ向かった。
世の中で起こっている歴史を、とにかく記憶したかったのだ。

家を出ると、ダウンタウン行きのバスが動いている。
無料で旋回しているらしかった。

窓の外を眺めていると、献血の行列や、就業前徒歩で自宅へ帰る人々、営業しているレストランやカフェで無事を確認し、人と人のつながりを求める人々。アメリカ人はみな意気消沈、こんな元気のないアメリカ人を見たのは初めてだった。

バスはグラマシーパークあたりで止まり、この先は車が入れません。と告げられ下車しひたすら徒歩で下っていく。するとSOHOのハウストンストリートも立ち入り禁止。直角に交わるブロードウェー通りは、南に大きなワールドトレードセンターが真正面にそびえ立つはずなのだが、そのあたりは白っぽい、灰色のすすけた、黒々とした、スモークで霞んでいた。

南下できない、西へも進めない。
仕方なく、東へ。
ここからは、チャイナタウン在住者のみが通れる。

青い木製の立ち入りを阻むつい立ての前には、NYPDが身分証明書提示を求めている。
「チャイナタウンに住んでいます」「どこの通りだ」「モットーストリートです」というわけで、中国人になりすまして、立ち入ることができた。


チャイナタウンの中国人。公園でチェスをする人々、玄関先にたたずむ老人。ブロック塀の上で爆睡する野良猫。あまりにものどかな光景は、まるで何事もなかったかのようで「平和」が満ちており、
この一角だけ別世界だった。ここが同じ9月11日のニューヨークなのかと。

しかしチャイナタウンの中心を南北に走るキャナルストリートへ出ると、左手にブルックリンを結ぶマンハッタンブリッジからトラックが何台も何台も連ね目の前を暴走する。
中国を象徴する銅像からたくさんの鳩が一斉に飛び立ち、黒い煙の異常さに敏感になっていた。

青い木製のつい立てを何本も横に見て、こんどは東へ進んだ。数えきれないくらいのNYPDが警備している。やっとトライベッカのあたりに到着。もう黒い煙の目の前だ。ここには普段着のアメリカ人が高級マンションから表に出てきて、嘆き悲しみに暮れている。


少し南下すると、車の上には白い灰が積もっていた。
3〜4センチくらいのパウダーアッシュ。手で触ってみると、さらさらの灰、よく目を凝らすと化学繊維のような堅いちりちりのほこりを含んでいる。燃え尽きなかった防火絨毯だろうか。
地面にはなぜかたくさんのコピー用紙のようなものが散らばっている。
爆発の衝撃で書類がいっぺんに飛び散ったのか。その紙には食パンのようにふちがが茶色く燃えた痕があり、紙も「あっちーあっちー」、と言いながら舞い降りてきたんだという気がするのだった。

ワールドトレードセンタービルが粉々になり、数千人の人々が一瞬のうちに白い灰になった。
その真下にいた訳ではないが、おそらくグラウンドゼロから2〜300メートルのあたりまで近づいたかと思う。

隣のビルが崩壊しているのを目撃したが、2本のワールドトレードセンター自体は、既に粉々になっていた。
もう夕刻が近づいてきたので、しばらくして動き出した地下鉄に乗り込みウエストサイドを北上した。


写真は、探して見つかったら掲載しますが
ほとんどありません。



。。。





ワールドトレードセンターに足を踏み入れたことは何回あっただろうか。
一度、107階のウィンドウズオンザワールドという、世界の窓ですよというレストランに行ったことがある。
といっても仕事で、同じフロアのすぐ後ろにある事務所を訪ねた。
ガラス張りのゴージャスなレストランとは裏腹に、必ず迷ってしまうであろう迷路のような通路を抜けると事務所があった。そこのPR嬢は山積みになった書類から世界の窓食堂の美しい写真を選び出し、「どうです素晴らしいでしょう」と言いながらポジフィルムを渡した。

狭くて窮屈な通路だらけの、地上数百メートルに立っていると、ガラス張りの青空の向こうから飛行機が迫ってくるなんて、夢にも思わなかっただろう。



911を境にそれまでの、世界一自信過剰で傲慢だけど太っ腹でいいヤツだったアメリカ魂は、すっかり撃沈されてしまった。しぼんでしまったあのアメリカ人のがっかりさ加減は忘れられない。



黙祷。








# by chiesuzukihome | 2011-09-11 19:01 | ニューヨークシティ | Comments(0)

へんな人たち

最近の地震ライフはどうですか?

毎日震度1〜2の微震があり、ときどき震度3、よく明け方起こされます。気象庁によると、今日は20回、昨日は30回だよ。
こんな毎日を過ごす事になろうとは、夢にも思わなかったし、毎日放射能入りの食べ物を体に入れるなんて、想像した事すら無かったですわ。

311後、強烈に日本政府周りの事や原発専門家のいろいろを知る事になってしまったけれど、気になる人物がたくさんいて、イラストに描きたいくらいキャラ立ちしている人材が豊富。(海江田バンビちゃんとか…)

それ以外で
私が震災後トップクラスでチェックしている人は、ある芸人と、ある会社の代表?なんだけど、
それは、

吉本興業のおしどりのマコと独立総合研究所という会社の青山繁晴。

このふたりがおかしすぎて、、いいや頷く話ばかりで…
気になる人はyoutube などでチェックしてください。

マコ氏は夫婦漫才師で普段はアコーディオン引きなど違う事をやっていたが、311以降、政府やテレビ番組の専門家の発言に疑問を感じ、合同記者会見に出るようになった。鳥取大学医学部中退で放射線について詳しかったからだ。会見では鋭い質問で敵(文科省や保安院)をガンガン打ち抜いている。

青山氏はかなり右寄りな発言が多いものの、やっている事に情熱が感じられる、最近数少ない声の大きいおっさんだ。共同通信出身のジャーナリスト畑の人だったが最近は、原発のテロ対策委員のような事も行っていた。主張がはっきりしていて感情的で熱い男。絶滅種に近い。



しかし、、、
このふたりはどうやら犬猿の仲になりそうな予感なんだけど、というのも先日あるイベントがあり、話が噛み合っていなかったのを目撃したもので。
その後、マコさんはツイッターでぶつくさと青山氏の発言を避難していたのを読んで、かなりがっかりしたんだな。
青山氏は原発周辺にいた人でもあるので、責任感じ福島産野菜をもりもり食べるというが、マコさんは放射能計測しないで食べますなんて発言するのはいかんとお怒り。

そのへんが噛み合ない理由かとは思うけど
おそらく性格が似ているので、お互い同じところで前に出ようと思っていたとかそういうタイミングの問題の気もする。

私のお気に入りのふたりが、気まずくなっているなんて、こっちも気まずい。
けど、もういちどバトルするとまたいいイベントになりそうだな。そのときは朝生に出演希望。

そう、このイベントには田原総一朗氏もいたんだけど、マコさんと入れ替わりだった。


話は変わるけど、

細野豪志特命担当大臣がすこぶる評判がいい。といっても一部でかな。
上杉隆氏は、「言った事は実行するし嘘はつかない、わからないことはわかないと言ってくれる」とべた褒め(そんな大臣は珍しいのか)。青山氏は「モナちゃんとつきあっていた頃のキラキラした目が懐かしい」と言えば田原氏は「いいや今もキラキラしている。信頼できる。」と次期首相になったらいいと発言するほど。

それが実は私もちょっとそう思っていた。
合同会見の話しっぷりで信頼できそうだ。そう判断したのだが、
おしどりマコ氏も「いいひとだ」と。それから「細野氏は文系でも理系でもなく、体育会系だね」だとも(笑)。なぜかというとボキャブラリーが貧困なところなどなど…。

口癖は「これは非常に悩ましい問題で…」
テレビに出演すると最低二回は「悩ましい」が出てくる。マコ氏は合同会見でいつもカウントしているという(笑)。


ところで、細野氏らは安全保安院を経産省から独立させるという構想を早々に実現した。
それはやって当然の良策だなと、評価したいのだが、
その移籍先がなんと環境省でしかも経産省から人がそっちに流れて行くだけで、結局同じ事になるらしい。

別の筋からは環境省は反原発人材多いと聞いていたが、そうでもないらしい。クリーンエネルギーとか言って原発を推進していたそうじゃ。
で、また振り出しに戻るじゃんか…。


ところで、細野氏について今一番気になる事は、、、、左頬のシミだ。
あれはシミじゃないかもしれないが、なんか出来ている。あれが日に日に大きくなっていて、数も増えた。あれは放射能の仕業で、体が活性酸素の修復に追いついていないんだ。顔もげっそりぎみになったし、そうとう多忙なんだろうが、

キラキラした目を持った大臣、なんて…不可能なのか。



(たった今、東京湾震源の地震が…)


あれ?偶然か。きょうは細野豪志の誕生日じゃ。













# by chiesuzukihome | 2011-08-21 01:02 | 原発震災 | Comments(0)

NBAグッズ



(加筆)
この写真は、うちにあったNBAグッズで、先日島本和彦さんのおうちに送ったところです。(ぬいぐるみは埃だらけだったので後日)

写真ではよくわからないかもしれませんが、ピンバッチは過去10年〜くらいのオールスターロゴのもの。自分で持っていても、ただ持っているだけ。になりそうだし、眺めて「しめしめ」なんてやるタイプでもないし。それとトレーディングカード。これらもちょい昔のもので未開封。なぜかポケモンカードも。それと往年のレジェンドさん、デビッドロビンソンのジャージ(小)これも持っているだけで、飾ってもいないし着てもいなかった。ファンなりたてのころにサンアントニオで買ったものだったかな?まあ、買わずにはいられないファン心理。わかりますよね。
それと、スパーズのキャラクターであるコヨーテのぬいぐるみ。これがめちゃかわ!なのできちんとグルーミングして…あげないとね。

と、なぜNBA博士島本さんのところへ送ったかというと、
島本さんは日本のバスケの殿堂を計画中なのです。島本さんはとにかくおうちに山盛りのバスケグッズが(きっとトラック1台分はある?)眠っているらしく、それらを一カ所に集めてバスケの聖地?みたいなものをお考えなのだ。
そのバスケの殿堂は「秋田県の能代」なんだって。おそらく日本でバスケが有名な土地ということなのだろうね。アメリカではマサチューセッツ州のスプリングフィールドっていう、バスケットボール発祥の地に位置する。寒い土地でも室内でできる球技が発明されたところ。


でも、私が寄付するグッズはたったこれだけ…?
NBAのそばで活動していた人間としては、もっとたくさんのグッズを持っているはず。NBAは、まー気前がいいというか、いっぱいお土産くれちゃって、オールスターとファイナルで、それぞれ、スポーツバッグにTシャツやジャージ、スポーツキャップ、ロゴ付きリストバンド、スポーツドリンク用ポットなどなどその都度いっぱいくれました。(最近は経費削減かほとんどないですが)

それらを、どうしていたかというと…長年タンスの肥やしにしていました。
XLのジャージなんか着ないし、スポーツバッグも使わないし…ときどき日本へのお土産にしたりもあったけど。で、これらはニューヨーク撤退の引っ越し時に、ニックスラジオのおじさんに頼んで、NYNJの高校バスケのコーチに差し上げました。子供たちに配ってくれる事を願って。

というわけで、家にあったロビンソンジャージとぬいぐるみ、持ち帰ってきたピンバッジ…。ということに。

実は、寄付しなかったピンバッジがひとつあります。
それは、ある選手の引退セレモニーのときに配られた、NewYork33のジャージの形をしたバッジです。なぜかこれは大事にしています。特別大ファンてわけでもないけど、なんとなく…。









# by chiesuzukihome | 2011-08-20 13:35 | NBA | Comments(0)

アメリカと日本

日本はアメリカなしでは生きていけないのか。


トモダチ、には本当にお世話になった。米軍のトモダチ作戦で、震災被害者に物資を届けたりがれき撤去、ありがとう。米軍で働く人たちありがとう。

でも、オバマは、言っている事とやっている事が違うな。


。。。

原発は、まだまだ収束できません。工程表の9ヶ月では不可能でしょう。

やっと汚染水の浄化を試みたのだけど、故障。
アレバ社やクリオン社など日米仏一体になって緊急開発した水処理装置も、汚泥やがれきが詰まってうまい事動かないし、重要なパイプの「閉」と「開」の表示が間違っていたとか…。これアメリカ製の部分。我々ニポンジン「OPEN」と「CLOSE」くらいわかるから、そこは英語でいいよ。


京大小出先生はずっと前から、汚染水をタンカーに乗せて、柏崎刈羽原発(新潟)まで運びそこで汚水処理をすればいいのではと提案している。
タンカーで運ぶには、汚染物を乗せて海を通るため、国際的な法律を一度解除しなければならない。このような緊急時に政治はいったい何をしているの。??



。。。



最近聞こえてくるのは、おじいちゃんの叫びだ。


以前も紹介した、70代の山田さんがシニア決死隊(正式名称はちょっとちがう)を引き連れ、原発に向かう(元原発技術者集団が出来る事はないかと立ち上がった)。当初は東電や安全院が鼻であしらっていたが、細野内閣官房補佐官と話し合い、まずは5人ほどが視察に行くという。
生の原発を見て、これは俺たちにも出来ると思うのか、こりゃおじいちゃんには無理じゃ。となるかはわからないが、そうなった場合撤退するという。この冷静な判断は、我々が周りに流され、反原発じゃ、いいや推進じゃとやって感情的になっている姿とは、ぜんぜん違うなあ。



もうひとり、おじいちゃんを紹介する。


肥田舜太郎先生。
このおじいちゃんは、広島原爆降下のとき、軍医少尉だった。自らも被曝。94歳。
先日、空の下で講演があった。


おじいちゃん曰く


原爆投下後、「アメリカ製の新しい爆弾の秘密」が他国に漏れるのを恐れ、米の軍事機密であるからそれを知っている被爆者は、他言してはいけない。そのことを書いても写真や絵でもいけない。違反すれば厳罰に処す。という時代だったという。

当時、急性被曝で亡くなった者以外の、生き延びた被爆者らは、ある日突然大変なだるさに苛まれ、会社や工場で働き続ける事も出来なくなった。しかし日本の大学の教授らや医師は助ける事が出来ず、アメリカ軍隊に占領されて、政府も役に立たなくなったという。米軍統治下7年間苦しみを味わったのだという。
この原爆病を研究する事も禁じられた。困っている被爆者を生活させるために法律を作る事も禁じられた。

そして、日米安保後、アメリカが日本を守ってくれることになったが、アメリカに不利な運動をいっさいしてはいけないことにも。
さらに「無理矢理電気を起こす機械である原子力発電所」をアメリカから買う事になるのだが、これはプルトニウムとウランを燃料にしているゆえ原子爆弾と同じだと肥田先生は言う。

火力や水力、あらゆるエネルギーは消す事が出来るものだが、「放射線の熱」は人間には消す事が出来ない。難しいエネルギーを無理矢理特別な科学の方法でひっぱりだした。放射線の熱が燃え続けるのを人間には消す事ができないという。

「テレビに出てくる学者は、人間への影響を知らない学者だ。
被曝をすると、まずはおそらく秋から来年の春にかけて下痢が始まる。しかしそれを証明する学問がない。殺した側は完全犯罪。」

「もし敦賀原発のひとつが事故を起こせば、広島は再び被曝する。
核兵器は二度と作ってもいけない。放射線は人間がコントロールできないエネルギー。人類が長生きするためには、掘り起こしてはならない。
こんかいの福島の住民は、20キロ、30キロ圏は立ち退いてください。
アメリカは80キロと発表し、フランスもドイツも、12日の朝には大阪に逃げろと言われていた。日本の政府は何も知らない。金儲けだけ。
原発を追い出す事は出来る。核兵器を世界からなくすべき。
ところが、日本が原爆を持てという議員が60%を超えている。もういちどよその国と喧嘩するつもり。我々は、自分たちの生涯、子供、孫に放射線のコワさを伝えるべきだ。」



この、数百、数千年もの間、放射能を出し続ける核のゴミを生む原発を、行わねばならない理由は、
経済界や経産省、電気業界のいう、電力不足だけではない。というか、電力は、自家発電などすべてを集結させれば電気は足りるというのに、原発を続けたいがために電力不足を訴えているのだ。既得権益に騙されている政治家もいる。


なぜ原発を持ちたいのか。理由はおそらく、……核を持ち続けたいため。

これにはアメリカが深く関わっていると思われる。

ちょっと疲れたので、
つづく…。







# by chiesuzukihome | 2011-06-23 20:18 | 原発震災 | Comments(0)

ダラス・マーベリックス、優勝おめでとう。

マブスにとって念願の初優勝。
ダーク・ノビツキーを中心に、リック・カーライルの作戦で展開されました。
ジェイソン・キッド、タイソン・チャンドラーやジェイソン・テリー、ホセ・バレアらのエネルギーがチームを支えていました。

ノビツキーは、38度の熱を押して、バスケットに向かっていましたね。
ちょっともう、日にちが経ってしまったので、感動を伝えられないんだけど、
とにかく、とにかく、おめでとう。

5年前のマブス対ヒートを思い出したけど、マブスはバージョンアップ、ヒートは新しくなっていましたね。レブロンに対する批判、米では巷にすごーくおおいんだけど、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないか。見た目よりも気の小さい男ではあるけど、いいヤツだと思うよ。

ノビツキーも、優勝はムリなどとさんざん言われていたけど、風邪でふらふらになったあたりから、有無を言わせぬ強さのようなものが見えた気がしたな。



# by chiesuzukihome | 2011-06-22 14:21 | NBA | Comments(0)

ヒート対マブス Finals、メンタルなミス。


(写真:ユドニス・ハスレムとママ。2006年のファイナル、NBAケアにて。他のメンバーは奥様同伴だったのだが、ひとりママ連れだった)


(写真:悩めるダーク・ノビツキー横顔。2006年)

今回もファイナルには行かなかったので、2006年ファイナルの写真で我慢してね。



マイアミでのゲーム1、ゲーム2が終わり、いまのところは1−1で、ますます盛り上がるファイナルですね…。日本でのテレビ放映は、NHKBS 、WOWWOW 、Sports-iと、よりどり。

マイアミ・ヒートとダラス・マーベリックスは2006年もファイナルで対決した。
そのときはゲーム1、ゲーム2とマブスが獲り、もうマブス優勝ですか?と思ったのち、ゲーム3、4、5、6とヒートが連勝し優勝した。

このとき、マブスはマイアミ滞在中いったん宿を少し田舎に移した。
ギラギラのマイアミビーチでの滞在は選手たちを浮かれさせたからだった。

一方のヒートは、当時のコーチ、パット・ライリーが謎の物体を、ロッカールームの中央に設置し、布をかぶせた。我々メディアが聞いても何なのか答えない。「メディアに教えてはいけないんだ。」とジェームス・ポージーは、嬉しそうに語っていた。
後で公開されたのは、その物体には中に数百枚のカードが入っていて、そのカードの一つ一つに選手とその家族の写真が印刷されていた。

これはライリーが「15 Strong」と命名し、強い15人??とかなんとかいう意味でスターターから控えまで15人の選手の心をひとつにし、団結するための錬金術のような、謎めいた試みだった。
ライリーはむかしマイケル・ジョーダン's BULLSの「スリーピート」(3連続優勝:ThreeとRepeatを掛け合わせThreepeat)というコピーを考えだした文系の男?。このときもその才能を遺憾なく発揮したのだが、これはスポーツがいかにメンタルな部分で左右されるかを証明するようなものだったように思う。


。。。

メンタルミステイクだった

今回のヒート対マブス、ゲーム2、残り24秒でダーク・ノビツキーがボールを持つ。ディフェンスの相手はクリス・ボッシュ。このときあれ?なんでユドニス・ハスレムじゃないの?と思ったのだが、というのは、前回のファイナルのときもハスレムのディフェンスは芸術的なくらい巧かった。いくら5年経とうとも、ボッシュよりはハスレムに任せたいし、勝負所は役割を担っていたはずだが。

しかし、それはなんとボッシュのメンタルなミスだったようだ。アシスタントコーチが盛んにファールしろファールしろと叫んでいるが、作戦通りにファールする事が出来ず、ダークはボッシュを抜いて、レイアップ。95-93の2点差勝利。という結末になった。

ボッシュは、ダークがシュートモーションに入っていた試合後メディアに語ったが
サンセンチネル紙に「メンタルミステイクだった」と話した。


おそらくファールの後、タイムアウトがないのでもうひとつ作戦を用意していたのだと思うが、頭の中が混乱してしまったのかもしれない。
ヒートは大量点差だったのを追いつかれていただけに、一旦緊張が解けてしまったのか。

大舞台では、メンタルが重要なファクターのようだ。








# by chiesuzukihome | 2011-06-04 19:06 | NBA | Comments(0)

数字をごまかすことは真実を曲げること。

あさってはファイナルだ。
ヒート対マブスという2006年の再現のよう。
あのときはパット・ライリーの錬金術?でメンバーがひとつになり、大逆転優勝だった。
しかしダーク率いるマブス、ジェンソン・キッドが司令塔だ。彼もネッツ時代ファイナルに出場した事があるが優勝はまだだ。マブスにも優勝を味わってほしいがどうなるだろう。

ツイッターのほうでときどきつぶやきます。


。。。。


ところで、最悪の事態が続いている原発だが。


これから我々が気をつける事は内部被曝。
といってもほとんどの人が知識を持っていないし、歴史的に見ても、住宅地域に放射性物質が長い間垂れ流しになる事態を経験した事はない。人類史上数えるほどしかない出来事。


空気、水、野菜や魚から取り込んだ、セシウムがいったい人体にどれくらいに積算されているのだろう。
元ベラルーシ医師のすげのや昭氏は関東圏のことを心配していた。
菅谷氏は現長野県松本市長で、同市の給食は内部被曝ゼロという方針を打ち出しているという。地産地消とともに近県の食材も使用するも、放射能暫定基準値以下でも、放射性物質が検出されているものは避けるという。子供にとって給食は毎日食べるもので、親御さんにとってこれほどありがたいことはないだろう。

内部被曝と外部被曝でどのくらい「低線量被曝」しているのかも
まったくわからないし、どれほどの病気になるのかも、次の世代に影響を及ぼすのかもわからない。
こんなわからないことづくめなのは、史上数えるほどしかないことや、何かの力によって隠蔽されているとか、そういうことがあるのだろうか…。


。。。



そこで、限りなく状態の近い、最悪の事故チェルノブイリを検証してみるのだが、
どうも、政府もメディアも、できるだけチェルノブイリとは違うということをアピールしたいようなのだが。

あの放射能がどこにどれだけ流れるのかを予測するために作られたSPEEDIは、事後一部公開にとどまり、近隣住民は思い切り被曝した。
SPEEDIはニューヨークのマンハッタン近くにあるインディアンポイントという原発の被害対策のために作られたものを見た青山繁晴氏が日本に戻ってヒヤリングしたものをモデルにした。
ニューヨークという東京以上に大きい都市に、放射能が漏れたときのことを想定し、綿密な対策が立てられた。風向きと地形、天気によってどこにどれほどの放射能が降りそそぐのかを予測するもの。

しかし、アメリカ、そういった対策は万全過ぎるほどであるし、住民に被曝させてはいけないという前提も十分なのだが、気になる事が多々…。

1945年日本敗戦以降、アメリカは広島被曝状況追跡調査した。
毎月被爆者たちを病院に呼び、検診するが治療はしない。
なんという鬼畜米英…。という言葉を吐いてしまうほど醜い実験データはアメリカに山ほどある。
はずなのだが、なぜか100msv/y以下の低線量被曝のデータは科学的根拠なし。なのだ。
(米国科学アカデミーは低線量被曝を肯定)

それに御用学者山下俊一氏も100msv/y以下は健康に被害はないというし、
それから、日本の官邸ホームページでは、チェルノブイリの死者数は28名という。
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html

ええっ?

。。。


●「チェルノブイリ小児病棟 五年目の報告」
という番組をNHK広島が制作したのは1986年から5年経つ1991年。

この秀逸な番組は、佐藤幸雄 木村昭朗 小熊信夫
この三人の広島から来た医師によってベラルーシの子供たちを治療するというドキュメントだ。
ベラルーシはチェルノブイリから180キロの地点にあり、低線量被曝や内部被曝で子供たちが危険だということで、
ベラルーシの子供の親たちは、原爆広島から来た医師と聞き、祈る思いで治療させた。
子供らの首のリンパ腺を触ると、ごりごりしたものが見つかり、甲状腺がんの手術を強いられる。水頭症の胎児、白血病の進行が続く少女…。というかわいそうな場面ばかりで悲しくなる。

ところが、
ソビエト政府がIAEAに依頼し報告書を作成。
「国際チェルノブイリ計画調査報告書」
は1000ページ英文。それによると、

「放射線被曝に直接起因すると見られる健康障害はなかった。今後大規模な疫学調査をしても、ガンや遺伝的影響の増加が放射線によるものかどうかを見分ける事は困難である。」という結論を報告。


ええっ?!

これはベラルーシの医師や看護士の間に波紋を残した。
「小児病棟で起きている異変」を、その現実をどう説明できるのか。
あらゆるデータが不足しており、中には何がしかの理由で死亡診断書を書かないベラルーシやロシアの医師も。
前述の広島の医師たちは、「長期間による追跡調査が必要」という言葉を残したのだが…。

この3人の医師、いまも日本で活動していると思うが、
この福島の事故後に出てきてもいいはずだが、表に出てこないし意見もないようだ。
なぜ。彼らも電力会社から口止め料でももらったのだろうか。


なぜこんなことが起こるのか。
WHO(世界保健機構)のチェルノブイリ死者数は4000人という報道発表。
しかし別の報告では100万人に達しているという。
この違いはいったいなんなのか。


●これはジャネット・シェルマン博士による「チェルノブイリ~大惨事の環境と人々へのその後の影響」より。この本は公開された医学的データに基づき事件の起きた1986年から2004年までで、98万5千人が亡くなったとしています。
http://www.universalsubtitles.org/ja/videos/zzyKyq4iiV3r/

●日本では野呂美加さんがチェルノブイリに趣き、現在も各地で講演している。
http://hidamariblog.jugem.jp/?eid=852

彼らや、ジャーナリスト、医師が現実を語るも、WHOとIAEA、さらに世界の原発推進組織とも利権でつながっており、出来る限り数字を小さく見積もるようにできている。WHOとIAEA間に1959年に結ばれた協定では、一方がもう一方の承諾を得ることなしに調査書を発表することを禁じているのだ。

ベラルーシではほとんどの子供がどこかしら病気で具合が悪い。
放射能は、白血病や甲状腺がん以外にも、心臓病や知能障害、糖尿病などさまざまな病気によって人体に影響を及ぼす。

これらを発表する事がいかに都合が悪いかということである。
また、チェルノブイリ、広島、長崎で起きた被曝による健康被害調査に関する報告書の出版もIAEAの介入により、見送らざるを得なかったという。チェルノブイリ事故に関わった専門家やWHO元職員から告発されている。
(IAEAとは国際原子力機関で原子力の平和利用を促進する組織だが、要は原発促進組織)

。。。


ちょっと長くなるが、もうひとつ付け加えておく。

ドイツが2022年までにすべての原発を廃炉にするという。
こんな思い切った政策をメルケル首相は打ち出した。

「科学的にはあり得ない事が起こりうる事を日本から学んだ」という。

まだフランスから原発電力を貰ってはいるものの(微々たる量らしいです)、大胆な政策。
ここまで政治家を動かしたのは、おそらく国民。

ドイツでは福島以降、原発反対デモに25万人が集まる。(日本ではまだ数千から1万人くらい?)
これは憶測だが、こんなテレビ番組が放映されたり、新聞メディアにこれらの数値が掲載されたからだろう。

●南ドイツ新聞:16の原子炉のある周辺地域で幼児がガンにかかる確率が高いことが明らかに(しかも科学では証明できかねるごく低線量)
http://www.priee.org/modules/pico2/index.php?content_id=12

●原発と白血病の因果関係(クリュンメル原発の近くで子供たちが次々と白血病に)
http://www.youtube.com/watch?v=K3VFzSLFpwg


日本もこれくらいはっきりとメディアが取り上げれば、
デモ25万人は容易に行われるかもしれない。
日本ではむかしから広瀬隆氏や樋口健二氏ががんばっている。現在は彼らに加え、
フリーのジャーナリストらが事実を明らかにしている最中だ。


。。。


チェルノブイリで病気になったり亡くなった子供たち、奇形のまま生きている短命な子供たちが
世界的組織WHOの報告から故意にもれているのが、原発利権の姿なのである。

現在福島では、御用学者の権化、山下俊一氏が県民の健康調査をするという。
また同じことが起ころうとしている。
誰か止めてくれ…。








# by chiesuzukihome | 2011-05-30 21:37 | 原発震災 | Comments(0)
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